改訂新版『日本産魚料理大全』西潟正人著

お魚をこよなく愛し、お魚に関する著作も多い西潟正人さんが、6年前に出版した『日本産魚料理大全』をパワーアップして改訂新版を出しました。出版元の緑書房のプレスリリースはこちらですが、著者本人が本会月刊誌「水産界」10月号(10月1日に発行)に出版の思いを寄稿されましたので、お読み下さい。

改訂新版『日本産 魚料理大全』

誕生までの物語

2020年9月 西潟正人

 思えば、大儀な題名をつけたものである。魚料理の大全…、世の包丁人は何を思っただろうか。初版本が世に出たのは6年前、やはり暑い盛りだった。

少年時代からの魚好きがこうじて、神奈川県逗子市で小さな地魚料理店『魚屋(うおや)』を開店したのは三十二歳のころだった。二十年ほど営む間に、日本の海岸線を旅するようになった。漁港をもつ町にいて、地魚が魚屋にも居酒屋にも並ばない。そんな憤りから、全国の漁師町に興味をもつようになった。

旅の記録や魚料理の記事は、様々なメディアに紹介してきた。「魚への思いを込めた、大きな料理本を作りましょう」㈱緑書房からの誘いは、願ったりの喜びだった。写真が多いだけに高価な本になったが、どうやら世の支持を得たようだ。増刷の話があったのは、5年後の2019年だった。

初版本の反省点と、書き加えたい魚種が増えたこともあり、単なる増刷では悔やまれる。大幅な改訂の願いを、緑書房はまたしても快諾してくれたが、再編集は想像以上に大変な作業だったと思う。監修に瀬野宏(日本魚類学会代表理事)を迎え、推薦文は釣魚エッセーストの小西英人、東京海洋大学の馬場治、ウエカツこと上田勝彦が快諾してくれた。写真や情報提供をいただいた、多くの友人たちにもお世話になった。

改訂新版『日本産 魚料理大全』は、かくして魚料理図鑑の決定版となって登場した。魚介藻類521種を、カラー写真総数5293枚で網羅した、魚の個性を味わい尽くす一冊である。一般の魚料理本との違いは、漁港で捨てられているような魚種が多いことだろう。スーパーの魚売り場に並ばない、いろんな魚たちの美味しさを伝えたかった。

 

『改訂新版 日本産魚料理大全』

9月7日発売。定価¥6,800+税

魚は所変わると、価値観が変わるからおもしろい。例えば関東で嫌われるアイゴやヒイラギなどは、瀬戸内に行くと「今日はバリがありよるでぇ!」と叫ばれるほど人気がある。魚食文化どうやら西高東低、東京人の食わず嫌いが、どこの魚売り場も画一化してつまらなくしている。

静岡県で定置網漁を営む網代漁業㈱が、数年前に漁獲調査をやったことがある。1日平均の漁獲量で約6割が通常出荷、2割は加工業者などへ、残る2割が廃棄される現状だった。水揚げ数トンに及ぶ2割だから、廃棄される魚を見つめたくもなるだろう。

エソの仲間やカゴカマス、ツバクロエイなどがゴミ同然に投げ捨てられる。もったいないと思う愛情と、拾う勇気だけで魚一匹は商品になる。美味しさを伝えるのは漁師であり、魚屋でなくてはならない。

網代漁業㈱が東京海洋大学の隣で、地魚料理店『あじろ定置網』を開業した。捕獲される様々な魚たちの美味しさを、世に知らしめるためだ。私は大学の馬場治研究室に呼ばれ、泉澤宏社長との三者会議で運営に参画することになった。時には大学教授の講義も催される、アカデミックな居酒屋は大きな反響を呼んだ。

ある日幼さの残る少年が母親に伴われ、嬉しそうにカウンター席についた。包丁を握っている私は大忙しで、話しかけられても返答がぞんざいになってしまう。うるさい質問が専門的だったので、魚がすきそうだね、って声をかけると拙著『日本産 魚料理大全』『珍魚 食べ方図鑑』の愛読者だった。

伊藤柚貴クンは福岡在住の小学6年生で、日本さかな検定一級に合格。近著に『さかな博士の レアうま魚図鑑』もある、超有名人だった。以来、親しい付き合いが続いて改訂新版を送ると早速、嬉しい写真が返ってきた。彼から非常に珍しい、ヨコヅナマルコバンの写真を提供されているのだ。(本書P52)。

思えば幼少の頃、小川に泳ぐメダカの姿を見つめた記憶がある。ガラスのように澄み切った水の中を、すいすいと自由に泳いでいる。やがて釣りに没頭し、魚料理を生業にした。魚にも、言いたいことはあるだろう。言葉をもたない魚たちの、言い分を書いたつもりが本書である。大全とはおこがましいが、頁を開けば良き酒のサカナと自負している。

 

著者プロフィール

1953年新潟県生まれ。

著書に「魚で酒菜」徳間文庫、「ウツボはわらう」世界文化社、「釣魚料理図鑑」1&2KADOKAWAなど多数。東京海洋大学で昨年まで非常勤講師を務める。

 

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