10月8日ははらこめしの日 鮭親子丼とちがうの?
はらこめし
サーモンの刺身が一般的になったころより鮭親子丼の名でサーモン刺身といくらが乗った丼物が食されるようになりましたが、鮭といくらとごはんの組み合わせである「はらこめし」は農林水産省が認める「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれています。
はらこめしの「はらこ」とは「腹子」つまり鮭の腹の中の子ということでいくらの事です。
鮭の切身を醤油ベースのタレで煮込み、その煮汁にいくらをくぐらせ、さらにその煮汁を用いてご飯を炊きます。どんぶりにご飯をよそい、その上に煮た切身を並べ、最後にいくらをトッピングしていきます。
切身を煮る時にアラや中骨も一緒に煮込んで出汁を取ったり、アラに残った身をほぐして炊いたご飯に混ぜたりと、鮭一匹を無駄なく使うレシピや、残った煮汁は冷凍保存して次回のタレに継ぎ足したりと、作るごとに美味しくなるようなレシピ等の工夫もされています。
切身を煮る時にアラや中骨も一緒に煮込んで出汁を取ったり、あらに残った身をほぐして炊いたご飯に混ぜたりと、鮭一匹を無駄なく使うレシピや、残った煮汁は冷凍保存して次回のタレに継ぎ足したりと、作るごとに美味しくなるようなレシピ等の工夫もされています。
はらこめしの日
はらこめし発祥の地である宮城県亘理(わたり)町では、阿武隈川に10月に鮭が遡上して鮭漁が解禁となることと、8がはらこの語呂合わせになることと、いくらの粒を並べると8の字に似ている事より、10月8日をはらこめしの日と制定し、2016年10月8日に一般社団法人日本記念日協会に認定されました。
はらこめしの歴史
亘理町荒浜の川口神社の秋祭りで五穀豊穣と豊漁を感謝するために、新米と鮭を併せて調理したものが始まりとされています。
初代仙台藩主の伊達政宗公が工事臨検で訪れた際に献上したところ大変喜ばれ家臣らに吹聴したと言われています。その後亘理の郷土料理として定着しました。
元祖亘理のはらこめし
現在のはらこめしは炊き込みご飯に鮭の切身といくらをトッピングしていますが、昔の家庭料理としては混ぜ込みタイプが主流だったそうです。煮た鮭の身にいくらを合わせ、これを炊きたてのご飯に汁ごと混ぜ合わせます。以前は一度にたくさんのはらこめしを作り、近所や親戚にお裾分けするというならわしがあったそうです。
亘理町とはらこめし
はらこめし発祥の地亘理町は宮城県南部に位置する町です。江戸時代は伊達政宗公のいとこの伊達成実公を初代とする亘理伊達家がこの地を治めておりました。
町内の多くの料理店ではらこめしを提供し、はらこめしを求めて多くの観光客が集まってきます。
毎年10~11月にかけて、はらこめしDEスタンプラリーというイベントが開催されます。
また、令和元年には、はらこめし推進条例というものが施行され、魅力あるまちづくりに取り組むとともにはらこめしの振興をはかっております。
亘理でははらこめし以外にも、ほっきめし、あなごめしと各季節の水産物を使ったご飯が楽しめます。
画像協力 亘理町観光協会
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