季節を味わう さかな歳時記     尾山雅一

2020年

水産界9月号

白露 令和2年9月7日

秋分 令和2年9月22日

 

 

 

水産界9月号

 

                      不漁一転、今年こそ

青空が広がり、秋風が吹くと、サンマが無性に恋しくなってくる。ある全国紙が「今年も食べたい秋の味覚」を読者に聞いたら、ほかを断然引き離していた。2位に新米が入り、3位梨、4位松茸、5位は栗、6位の柿までは団子レース。海育ちは12位の戻り鰹まで姿が見えず、秋刀魚の独壇場である。

食べておいしいだけでなく、秋によく似合う。秋刀魚を焼く光景は一幅の絵画である、と言ったのは魚博士で知られた末広恭雄だった。したたる脂が炭火にはぜる。煙は流れて、夕靄(もや)にとけこんでいく。そこはかとない郷愁が呼びさまされる。しみじみとして、ときにほろ苦くもあるサンマの味わいを人生に重ねたくなるのはだいたいが昭和世代である。聞けば最近は、腸なんか捨てて開きにしてね、という客も多いそうだが、あの腸(はらわた)の苦味こそがサンマの味だと言い張るのも、かの世代の特徴かも。

秋刀魚の文字どおり、刀身のようにスリムで銀色に腹を光らせたその体形から狭真魚(さまな)と呼ばれていたのが訛って‘さんま’になったともいわれる。とはいえ、この時季、たっぷり脂がのり、けっこう肥満体。小さな頭に、力士さながらに肩が盛り上がり、アンバランスなほどウエストも太る。

かつては漁師の特権だったさんまの生食は、輸送技術と漁師の鮮度管理がもたらした新しい食べ方だ。遠い消費地でも可能になったのは2000年代に入ったころ。寿司や刺身はもちろん、サラダにカルパッチョ、たたき、なめろう。今のさんま人気を後押ししているのは、こうした生食の広がりだ。

7月初旬に北海道沖で初水揚げの報せが根室からとどき、秋の訪れとともに親潮にのって、大海原を回遊しつつ、太平洋を日本列島に沿う様に南下するさんまの群れ。ちょうどこの頃から10月頃までに三陸沖を経て、常磐沖から房総沖へ。11月から初冬にかけて伊豆半島や紀伊半島の沖合いにやってくるころには、脂が落ち、身が引き締まってくる。伊豆地方の名物さんま寿司や、熊野地方のさんま丸干しにはこの脂がぬけたさんまが向く。

さんま寿司 西伊豆町観光商工課提供

ここ数年不漁のニュースがつづき、今年も出足が鈍く、気をもむ毎日が続く。

 

 

江戸前天ぷらの主役

日本人になじみ深い釣魚のハゼは、江戸時代後期に天ぷらが登場して以来の代表的なネタだ。秋に旬を迎えたものは「彼岸」の名を冠し、珍重される。

とくに東京湾のハゼ釣りは、江戸の昔から有名だ。夏の幼魚は食欲旺盛で、釣り糸にもかかりやすく、初心者でもおもしろいように釣れる。

江戸時代から盛んだったハゼ釣り。これを陸(おか)釣りするのはもっぱら庶民の楽しみで、金持ちは舟を仕立てての釣り三昧(ざんまい)としゃれこんだ。釣ったそばから刺身や天ぷらで食べるのだから豪華な遊びだった。

ハゼは自分で釣って食べる魚といわれ、店頭に出回ることもない。釣ったそばから揚げて味わう天ぷらは、釣り人の特権だ。隅田川や佃島などでは釣ったハゼをその場で天ぷらにする、はぜ船がいまでも行きかう。

ほっこりと甘いハゼの天ぷらは、江戸前天ぷらを代表するタネ

あっさりしたクセのない白身魚で、秋から初冬にかけて、大きく育ちいっそううまみが増す。秋分のころに型が大きく味がよくなるものを「彼岸はぜ」、晩秋から初冬にかけて、産卵のため深場に移動したものを「落ちはぜ」と呼ぶ。

あっさりした白身は天ぷらやから揚げがぴったり。なかでも東京湾でとれるハゼは江戸前ハゼとも呼ばれ、食通に珍重される。

夏などに獲れる幼魚「デキハゼ」という小ぶりのものはから揚げにするのもよい。この小ハゼは佃煮でもおなじみだ。デキハゼの佃煮は佃島名物。また、落ちはぜの卵巣を塩漬けにした塩辛は、隠れた珍味だ。

もし大漁だったら、南蛮漬けにしてもよい。揚がったハゼをいったん冷まし、二度揚げをする。季節野菜をたっぷり入れ、酢をきかせた南蛮酢に漬け込めばできあがり。

秋分のこのころに獲れる20㌢以上ある大きい活け魚は、刺身や洗いにして非常に美味だ。脂肪が少なく、カルシウムが豊富なハゼは、俗に「お彼岸の中日に食べると中風にならない」ともいわれる。

忘れてならないのが、素焼きにしたあと干して作る「焼きはぜ」。内臓を取ったハゼを軽く焼いて風干ししたものだ。とてもよいだしがでるため、仙台や山陰の中海地域などでだし取りに使われる。

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