水産物の塚・供養碑 海の幸への感謝

いただきます

日本では昔から、八百万(やおよろず)の神を崇めており、現在もその精神は残っています。

昔も今も食事をする際に命を頂いていることに変わりはありません。

食事をする際、食料の命だけでなく、食料を届けてくれた人、料理人に対する感謝の念を口に出す事などは、独特の文化です。

供養碑・塚

「いただきます」で頂いた後の「ごちそうさま」。

さらに「ありがとう」と言う意味を含む「供養碑・塚」について紹介します。

「塚」は、「墓」との意味合いは近いのですが、「塚」は必ずしも遺骸が含まれず、生物に限らない事から区別され、供養碑、祈願碑、感謝の対象としての意味合いを持ちます。

海産物の「塚」は全国で1,000以上!

我々の命を繋いできた地域に根ざした食料のため、様々な海産物の塚があるようです。詳しくは「こちら:東海大学の研究をどうぞ。」

数:日本全体では、ウミガメ→クジラ→サケ→アユ→カツオの順に多いようです。一例として・・・サケ、マス、ボラ、ハタハタ、イワシ、イワナ、キンメダイ、サバ、コノシロ、ドジョウ、ワカサギ、ヤツメ、アユ、エビ、アカガイ、ハマグリ、シンジュ、ノリ、コンブ、ウミガメ、ジンベイザメ、クジラ、イルカなどです。

岩手県では鮭供養碑が多いなど、地域差もあります。建立時期も江戸時代はクジラが多く、昭和に入ると真珠やアユなど養殖種が増えるなど、時代によっても異なります。

食用、食用でない場合も含まれ、例えば漂着した海亀やジンベイザメ、鯨をエビス様として神様として祀ったり、供養した可能性もあるようです。

鰹供養塔

カツオマイスター受験者が鹿児島県の鰹供養塔を撮影してくれました。

さすがカツオの鹿児島県。

築地市場跡近く 波除神社の供養碑

取り扱いがあった魚種の塚があります。

鮟鱇(あんこう)塚、活魚塚

すし塚、海老塚

玉子型の玉子塚。ネジリ鉢巻きの粋でイナセな顔に見えてくる??

江戸っ子の洒落っ気が含まれている気がするのは私だけでしょうか?

鯨塚

千葉県安房郡鋸南町付近は、300年以上前から捕鯨を行っており、その頃に作られた鯨塚があります(現在でも外房地方では大臣許可を得てツチクジラを捕獲しています)

看板の右側に積まれた鯨塚(加地山神社)

寄り添うように置かれた鯨塚

1600年代~1800年代にかけて、一年間に捕れたクジラの頭数を表すように、塚の大きさを変えながら年ごとに作成されたと言われています。現代の石彫りと比較すると、石をくりぬいただけの素朴な塚ですが、機械が無い時代に製作された歴史の重みが感じられます。

「鯨一匹取れば七浦潤う」の言葉が思い浮かびます。当時は加知山神社と坂井ヶ谷の2か所に分かれ、それぞれ100基程度ずつが作られたようですが、現在は風化が進み、半数程度しか残っていないようです。

いるか供養碑

静岡県伊豆市、伊豆半島の土肥漁港の近くには、いるか供養碑がありました。

昭和34年に建てられたものです。

 

現在は食に困らない時代となりましたが、貴重なタンパク源として食料として利用されていた証拠でもあり、なにより、感謝して食べていた事が分かる良い例だと感じます。

 

人は、他の生物の命を頂いて生きています。

「かわいそう」だけでなく、「ありがとう」という形で魚介類に対して感謝の気持ちを持ちながら、近くの塚へお参りして心機一転、新たに食べる口実を作ってもいいかもしれませんね。

そして、残さず食べきることも重要です。

« »



この記事をシェアする
タイトルとURLをコピー