寄生虫 アニサキス 食中毒を考える
「刺身」は切って並べるだけではなく、鮮度、産地、魚種等の知識と技術が集積した料理です。
つまり、魚をさばく一人一人の知識がアニサキス等のリスクの減少につながります。
厚生労働省に届けられた平成27-令和元年7年間の食中毒データをもとに考えると、アニサキスの食中毒は平均207件/年(実際はもっと多く、年間7000件と言われています)でした。7年間1450件中6割の870件は盛り合わせなどで魚種が判明していませんが、魚種が特定されている4割から傾向を読むとすると、魚種別にサバ→カツオ→サンマ→アジ→イワシの順に多いため、この魚種は特に注意すべきでしょう。
このうち、サバの占める割合は約5割でした。初心者はサバは特に注意。そして、アニサキスはお酢では死なないのことも重要です。サバの食中毒のうち6割がシメサバで、アニサキスが酢で絞められると勘違いしている可能性があります。
そこで、家庭でできる実験です。サバの体内から出したアニサキスをお酢にそのままつけてみました。
〇お酢につけて3時間後のアニサキス
〇お酢につけて165時間後(約7日後)のアニサキス
4匹中2匹は傷口からお酢が入ったのか白く変色して死にましたが、2匹は元気で、8日目でも生きています。
人が食中毒になるアニサキスはまだ幼虫。クジラの胃の中で成虫になるアニサキスに酸は効かない(アニサキスが生活するクジラ胃内部のPHは2-4程度、酢のPHは3程度)と覚えましょう。シメサバの酸は菌には有効でもアニサキスには無効です。
【確実な予防方法】
・加熱(60℃ 1分以上)
・冷凍(-20℃で24時間以上)
いずれの方法でもアニサキスは死にます。解凍と書かれた刺身やサクがこれにあたります。
冷凍マグロ、冷凍イカ、冷凍サンマ等のアニサキスは死滅しており、心配する必要はありません。
【都度判断必要。組み合わせると予防につながる方法(各人の腕による)】
・目視確認
アニサキスは長さ2-3㎝、丸まっていると直径4ミリ弱で、よく見れば発見できます。
白身魚の刺身は薄く切れば発見できます。イカは皮をむけば目視が確実な予防方法となります。反面、カツオなどは分厚くて目視が難しくなります。
その他、内臓に多い個体は、刺身食を避ける、サバなどの場合は肉にシスト(アニサキスの巣)が黒く見える場合は生食を避けるなど、目視で判断できるポイントはいくつかあります。
・よく冷やし内臓を速やかに除去する
→内臓に多い傾向があり、氷等で冷えている場合は移動しませんが、魚が死後に体温上昇するとアニサキスの種類によっては身の部分に移動する個体が出始めます。つまり、漁獲して直ぐに冷やした状態で内臓部分を除去すれば、魚種によってはアニサキスは除去できます。
ただし、秋鮭のように全身にいる場合、サバのように身に移動して黒っぽく巣(シスト)を作っている場合もあります、腹側より背中側のリスクは低めとなりますが、魚種によるので注意が必要です。
これらのことを合わせて、無理なく判断していけば食中毒リスクは低くなります。
【予防のヒント(養殖魚と天然魚の考え方)】
養殖、天然共に様々な生産・加工・流通方法があるため一概に言えませんが、ごく一例を紹介します。
最近の養殖魚のエサは生餌(イキエと読まずナマエと読む。冷凍された魚の事)や、乾燥魚粉(ミール)から育てられる事がほとんどで、エサ内に生きたアニサキスがいないため、確率から考えて体内のアニサキスが極端に少ないかゼロとなる傾向があります(稚魚からの蓄養や、完全養殖によっても異なる)。
一方天然魚でも、冷却方法や機械化等で、鮮度を保つ技術や仕分けスピードが年々進み、アニサキスが内臓から移動しない状態でスーパーまで流通する手法が発達しています。網の中で泳いでいる魚を掬って直ぐに氷漬けにする例や、直ぐに内臓を取り刺身用のサクにする天然魚もあります。
つまり、一概に天然、養殖の良し悪しを決める事はできませんし、カツオ等の養殖されていない魚種はそもそも天然と比較できません。やはり魚毎に判断する事となります。
※サケは危ない?
秋鮭のように全身にアニサキスが存在する魚種は日本では加熱用が常識です(タラなども普通は生食では食べません)。
養殖のサーモンにはアニサキスはいないため、これと混同して勘違いで秋鮭を表面だけ炙って食べて食中毒になる場合もあるので注意が必要です。
【対処方法】
内視鏡と鉗子での除去が主な対処方法ですが、最近「木(もく)クレオソート」成分の摂取も有効だと判明し、「アニサキス症の予防・症状改善のための薬剤としての活用に関する特許」をラッパのマークの大幸薬品㈱が2014年に取得(特許第5614801号)済みで、症状改善例は「木クレオソート」を含む薬品を摂取後1-2分でアニサキス症の痛みが消失した例、濃度依存的にアニサキスの活動が停止した例等があります。
https://www.seirogan.co.jp/dl_news/file0095.pdf
※大幸薬品の正露丸の主成分は「木クレオソート」。
※アニサキス症の予防・症状改善の薬剤として「木クレオソート」は研究で実証され、特許取得済み。
※薬機法上、大幸薬品の正露丸の効能は、「軟便、下痢、食あたり、水あたり、はき下し、くだり腹、消化不良による下痢、むし歯痛」。登録時の効能に入っておらずアニサキス症への効果は言及できない。
1960年代に開腹手術でアニサキスを除去していた例がありますが、現在は軽度であれば錠剤を飲めば痛みが治まる場合もある事例もあります。心配な方は参考に。
アニサキスの一生
アニサキスは「海を漂うアニサキスの卵⇒甲殻類(オキアミ等)⇒中間宿主(サバ、イカ、イワシ等等)→海生哺乳類(イルカやクジラ)⇒海生哺乳類の体内で成体となり海中に卵を放出」という生活環を送ります。各ステージで全てが感染するわけではなく、例えばサバが膨大な数のオキアミの中のアニサキスを摂取した結果、その内のアニサキスの一部がサバに居座る状態となります。感染力はそこまで高くないと考えられますが、甲殻類を食べる魚は全て中間宿主の可能性があり、日本周辺では、マサバ、スルメイカ、サンマなど150種が確認され、イルカ等の代わりに人間が食べる事でアニサキスの幼虫が人間の体内に入り、胃アニサキス症を引き起こす場合があります(地域によって異なる例は後述)。
基本的に寄生虫が宿主へ致命的な害を与える事は少ないのですが、本来のルートと異なる生物の体内へ入った場合等に、寄生虫が宿主に害を起こす事があります。アニサキスが人間の胃や腸に潜り込んで痛みを伴う「胃アニサキス症」はその典型的な例です。
【予防のヒント(魚種、アニサキス種、地域による食文化の違い)】
日本ではサケの生食は避けられており、これは経験上食中毒が多く、加熱調理が伝承された結果です。
サバは生食、生食を避ける地域が分かれています。西日本ではマサバをゴマとあえた「胡麻サバ」として生食しますが、関東では生食は避ける傾向があります。これを裏付けるように、近年の研究(鈴木淳・村田理恵2011、鈴木淳2014)で西日本のサバに含まれるアニサキスと、太平洋側のサバに含まれるアニサキスが別種と分かりました。2種とも魚の死後、内臓から身に移動するアニサキス個体がいますが、西日本のアニサキスは関東と比べると1/100個体程度しか移動しませんし、最終宿主も異なります。太平洋側では食中毒になりやすいアニサキスの分布域であったためにサバの生食を避け、西日本では食中毒になりにくいアニサキスだったため生食文化が発達したようで、地域による食文化の違いは食中毒を避ける工夫が含まれていた事が分かります。
種類 |
アニサキス シンプレックス |
アニサキス ペグレフィ |
最終宿主 |
ミンククジラ |
マイルカ |
分布(8割以上) |
高知県から青森県の太平洋側 |
長崎県から石川県の東シナ~日本海 |
常温での内臓から筋肉への移行率 |
11.1% |
0.1% |
平均寄生数/サバ一尾 |
5.5匹 |
47匹 |
高鮮度のサンマが流通し始めた10数年前から関東、関西でもサンマを刺身で楽しむ機会が増え、今までは焼いて食べるサンマを生食するようになった事で、アニサキス食中毒が一定数増加した可能性は有ります。ただ、良く冷えたサンマの内臓を直ぐに除去すれば防ぐことができますし、解凍サンマでも鮮度が抜群で刺し身にできる場合もあるので、用途によって使い分ければ良いと思います。
〇アニサキスアレルギー?
生きたアニサキスが胃や腸に穿孔する「胃アニサキス症」と異なり、食物アレルギーとしてアニサキスがアレルゲンとなる場合も稀にあります。発症するとアニサキスの生死を問わずアニサキスを含む食品全てを食べる事ができなくなる厄介なアレルギーです。
アニサキスの死骸や分泌物でアレルギー反応があるなど、現在14種のアレルゲンが近年発見されました。
胃カメラ検査でアニサキスが胃壁に潜り込んでいるけれども痛みがない事例、直径5ミリ強の胃カメラが胃を刺激しても痛くないが1ミリ弱のアニサキスが胃壁に潜ることで激痛が生じることなどから、個人差があるためアレルギーではないかという意見もあります。
アニサキスによる食中毒がアレルギーだとしたら、生きたアニサキスだけでなく、その可能性がある食物アレルギーの一つとして別の対策(一度アニサキス症になった人はアニサキスに関して十分な注意が必要)をすべきと考える人もいるようです。
いずれにせよ研究が進むことが安心安全な食のために重要だと感じます。
文責:早武

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